私が提唱する「添育(そういく)」は、指示や命令による「支配」を手放し、環境を整え、
相手の自律的な成長を信じて「待つ」アプローチです。
私はこれまで、教育学、心理学、脳科学、組織論などから、500近い理論を学び、
それらを「人が自ら育つことに寄り添う」という一点で体系化してきました。
これからその500近いの理論の頂点に立つ、
「添育にとって最も重要で、影響力の大きいトップ20の理論」を順に公開していきます。
これらは、添育者が迷ったときに立ち返る「羅針盤」であり、
従来の教育観(OS)を書き換えるための強力なエビデンス集です。
突然ですが、子どもと向き合う中で、こんなことを感じたことはありませんか?
- 一生懸命教えているのに、子どもたちの目が死んでいる。
- 「先生、次なにするの?」「これで合ってる?」と、指示待ち、確認ばかり。
- 一人の遅れている子にかかりきりになって、他の子を待たせてしまう。
かつての私がそうでした。
「私が教えないとダメなのではないか?」
そう感じて手取り足取り、転ばぬ先の杖を出し続け、
教室をある意味で「支配(コントロール)」しようと必死でした。
しかし、ある時気づいたのです。
私のその「親切」が、子どもたちの「自ら学ぶ力」を奪っているとしたら?
私が提唱する「添育(そういく)」は、
「上から下へ」「熟達者から未熟者へ」というベクトルの強い「教育」の対となり、
子ども(学習者)が自ら育とうとする力を信じて横で寄り添うアプローチです。
「とはいえ、教えないでどうやって学ぶの?」
「それって放任ではないの?」
その疑問に答えるのが、添育の土台(OS)となっている理論、『学び合い』です。
今回は、なぜ私が「教える」のをやめたのか。その科学的な理由をお話しします。
「教師一人 vs 30人」という無理ゲー
『学び合い』は、上越教育大学の西川純教授が提唱されている教育理論です。
この理論は、従来の学校教育が抱える構造的な限界を指摘することから始まります。
それは、
「教師一人の能力で、多様な30人の子ども全員を救うことは不可能である」
という事実です。
30人いれば、理解度も、興味も、家庭環境もバラバラです。
それを教師一人が一斉授業でコントロールしようとすると、どうなるか。
- ついていけない子は、置いてきぼりになる(お客さん状態)。
- できる子は、退屈して時間を無駄にする(吹きこぼれ)。
- 教師は、全員を納得させようと声を張り上げ、疲弊する。
これでは、誰も幸せになりません。
教師が「情報の蛇口」を独占している限り、そこには必ず「ボトルネック(詰まり)」が生まれるのです。
解決策は「子ども集団」の中にある
では、どうすればいいのか?
『学び合い』の答えはシンプルかつ革命的です。
「教師が直接教えるのをやめ、子どもたち集団に委ねる」
教師は「知識を授ける人」から降りるのです。
その代わり「クラスの中に答えはある」「みんなで解決できる」と信じて、
学びの主導権を子どもたちに渡します。
「先生、ここ分かんない」と言われたら、
「どうやらあのあたりに分かっている人がいそうだけど。聞いてみてごらん?」
という風に返します。
すると、子どもたちは動き始めます。
席を立ち、得意な子が苦手な子に教えたり、苦手な子同士で頭を突き合わせたり。
そこには、教師の指示を待つ受動的な姿ではなく、
自分たちで解決しようとする能動的な姿が生まれます。
たった一つのゴール:「一人も見捨てない」
ただし、丸投げ(放任)ではありません。
『学び合い』をOSとする添育の現場では、課題を出す際に強烈なゴール(条件)を設定します。
それは「クラスの一人も見捨てないこと」です。
「全員が課題をクリアして、初めてゴール」というルールにします。
これが、子どもたちの行動を変えます。
「ねえ、終わってない人いる?」
「ここ難しいよね、私が教えるよ」
「先生、〇〇さんが困ってるからヒントちょうだい!」
「自分の利益(個人の点数)」だけでなく、「他者の利益(クラスの達成)」のために動く。
この社会的な関わり合いこそが、深い学びを生み出し、
将来社会に出た時に本当に役立つ力になります。
「添育」の役割は「庭師」になること
『学び合い』というOSをインストールした時、私たち教師(親)の役割は劇的に変わります。
植物を無理やり引っ張って伸ばそうとする「管理者」から、
土壌を整えて成長を見守る「庭師(添育者)」になるのです。
具体的には、添育の3つのスキルを使います。
1【整える】
「全員達成」という目標と、質の高い課題を用意する。
席を自由にするなど、交流しやすい環境をセットする。
2【観る】
「正解したか」ではなく「人間関係」を観る。
誰が孤立しているか、どこに助けが必要な兆しがあるかを静かに観察する。
3【待つ】
ここが一番大事です。課題を投げた直後、教室がシーンとしたり、ザワザワしたりしても、すぐに口出ししません。
その「カオス」の中から、子どもたちが自分たちで秩序を作り出す瞬間を、じっと信じて待ちます。
まとめ:OSを書き換える勇気
「教えない」というのは、最初は怖いものです。
「サボっていると思われないか」「学力が下がらないか」と不安になるかもしれません。
それでも、信じて任せてみてください。
子どもたちは、私たちが思っているよりずっと賢く、優しく、有能です。
「支配」を手放し、「信頼」へ。
教育のOSを『学び合い』に書き換えた瞬間、
子どもたちは驚くほど生き生きとした表情を見せてくれるはずです。
次回は、この集団の中で、子ども一人ひとりの内面では何が起きているのか?
自律のエンジンとなる理論、「自己調整学習」について解説します。
「言われないとやらない子」が「自分で計画して動く子」に変わる秘密がそこにあります。




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