前回は、アドラー心理学の「課題の分離」を用いて、
他者の課題に土足で踏み込まない(支配しない)ためのマインドセットをお話ししました。

しかし、線を引くことばかり意識すると、現場ではこんな葛藤が生まれます。
「ルールはルールだからダメ」と突き放すのが正解なのか?
「困っているのに、手を出さないのが本当の愛なのか?」
ここで登場するのが、今回ご紹介する「ケアの倫理(Ethics of Care)」です。
心理学者キャロル・ギリガンや教育哲学者ネル・ノディングスが提唱したこの理論は、
従来の男性中心的な「正義(ルール)」に対し、
女性的な視点から「ケア(関係性)」の重要性を説いた画期的な概念です。
そして、この「ケア」こそが、
Vol.1で紹介した『学び合い』の集団を機能させるための潤滑油となります。
「正義」の冷たさ、「ケア」の温かさ
私たちの社会や学校教育は、基本的に「正義の倫理(Justice)」で動いています。
- 正義の倫理の特徴:
- 公平・平等: 「みんな同じ」に扱うことが正しい。
- ルール至上主義: 事情はどうあれ、規則を破れば罰せられる。
- 自立重視: 人に迷惑をかけず、一人で生きることが善。
これは社会を回すために必要ですが、時に冷酷です。
「遅刻は遅刻です。理由は認めません」と言われて、救われる子どもはいません。
対して、「ケアの倫理」は全く逆のアプローチをとります。
- ケアの倫理の特徴:
- 個別性: 「その人」の特別な事情を重視する。
- 応答責任: ルールよりも、「今、助けを求めている声」に応えることが善。
- 相互依存: 人は一人では生きられない。頼り合うことは強さである。
「教師一人 vs 30人」のケアは破綻する
ここで重要な注意点があります。
「じゃあ、先生が30人全員の事情を聞いて、優しくケアすればいいんですね?」
答えはNOです。それは不可能です。
Vol.1でもお話しした通り、教師一人が全員を完璧にケアしようとすると、
必ずパンク(バーンアウト)します。
そして、先生が疲弊すれば、ケアの質は落ち、教室は荒れます。
添育が目指すのは、教師から子どもへの一方通行のケアではありません。
子どもたち同士がケアし合う「相互ケア(Caring Community)」です。
ケアは「伝染」する
では、どうすれば相互ケアの空間が生まれるのでしょうか?
ここで教師(リーダー)の役割が問われます。
教師の仕事は、「全員をケアすること」ではなく、「ケアのモデル(手本)を見せること」です。
子どもが「しんどい」と言った時。
教師が「ルールだからダメ!」と切り捨てれば、子どもたちもそれを見て学び、
「あいつズルい!」「ルール守れよ!」と相互監視(正義の倫理)の教室になります。
逆に教師が、
「そっか、今はしんどいんだね。じゃあ、どうすれば楽になるか一緒に考えようか?」と、
「応答(Response)」する姿を見せたらどうなるでしょうか?
子どもたちは、その背中を見て学びます。
「あ、困ってる人がいたら、ああやって声をかければいいんだ」
やがて、教師が見ていないところでも、
「大丈夫? 手伝おうか?」
「先生、〇〇さんが困ってるみたいだよ」
と、子どもたち同士でケアの連鎖が始まり、
網の目のようにセーフティネットが張り巡らされます。
これこそが、『学び合い』の「一人も見捨てない」状態の実態です。
「解決」しなくていい。「応答」するだけでいい
相互ケアのコツは、「解決しなくていい」と教えることです。
「いじめを解決する」とか「病気を治す」なんて重い責任は、
子どもには(そして教師も)負えません。
ケアの倫理における「応答」とは、もっとシンプルです。
「私はここにいるよ」というシグナルを返すこと。
- 「話を聞くよ」
- 「そばにいるよ」
- 「先生を呼んでくるよ」
「あなたの痛みは、私に届いているよ」と反応するだけで十分です。
それだけで、人は「自分は一人じゃない(共同体感覚)」と感じ、
再び立ち上がる力を取り戻せます。
まとめ:「正しさ」よりも「優しさ」が循環する教室へ
映画『ワンダー 君は太陽』の中に、こんな名言があります。
「正しいことと、親切なこと。どちらか選ぶなら、親切なことを選べ」
迷った時、ルール(正義)を振りかざす前に、一呼吸置いてください。
そして、目の前の子どもに「親切(ケア)」を選んでください。
あなたが投げたその小さな「優しさの小石」は、必ず波紋のように広がり、
巡り巡って、子どもたち同士が支え合う最強のチームを作ります。
その時初めて、教師は重荷から解放され、子どもたちと共に笑い合えるようになるのです。
次回、哲学編第3弾。
この相互ケアの土壌の上で、子どもたちはどう育っていくのか?
「そもそも、人は教えられなくても勝手に育つ力を持っている」という信頼の根幹。
カール・ロジャーズの
「人間中心アプローチ(Person-Centered Approach)」について解説します。


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