「添育(そういく)」を支える25の理論を巡る旅。
【技法編】のラストを飾る第5回目は、「アサーション(Assertion:自己表現)」です。
これまで私たちは、相手の声を深く聞き、相手の可能性を引き出し、
相手の心に寄り添う方法を学んできました。
しかし、対人支援や子育てにおいて、忘れてはならないもう一つの大切な視点があります。
それは、「あなた自身の心」です。
- 「嫌だと言いたいけれど、関係が壊れるのが怖くて断れない」
- 「何度も同じことを言わせる相手に、ついカッとなってきつい言葉を投げてしまう」
- 「私が我慢すれば丸く収まる…と、いつも自分を押し殺している」
こんな経験はありませんか?
相手を大切にしようとするあまり、自分をないがしろにしたり、
逆に自分の正しさを押し付けすぎて相手を傷つけてしまったり。
コミュニケーションの悩みは尽きません。
アサーションとは、「自分も相手も大切にするコミュニケーション」のこと。
それは単なる話し方のテクニックではなく、「自分らしく生きるための権利」そのものです。
今回は、我慢(受動的)でも攻撃(攻撃的)でもない、爽やかで対等な「第3の道」について、
じっくりと掘り下げていきます。
コミュニケーションの「3つのタイプ」
まず、私たちのコミュニケーションの癖を知るために、よく使われる3つのタイプ分類をご紹介します。
国民的アニメ『ドラえもん』のキャラクターに例えると、非常に分かりやすくなります。
① ジャイアン型(攻撃的:Aggressive)
- 特徴: 自分の意見や感情を一方的に押し通す。「お前のものは俺のもの」。
- 心理: 実は自信のなさや不安の裏返しであることも多い。「舐められたくない」「主導権を握りたい」という思いが強い。
- 相手への影響: 相手は萎縮するか、反発心を抱く。一時的には従わせることができても、心の距離は離れ、本当の信頼関係は築けない。
- 結果: 「孤独」になる。
② のび太型(非主張的:Non-assertive)
- 特徴: 自分の気持ちを押し殺し、相手に合わせてしまう。「僕さえ我慢すれば…」「どうせ言っても無駄だ」。
- 心理: 「嫌われたくない」「波風を立てたくない」という不安が強い。自分よりも相手を優先しすぎる。
- 相手への影響: 相手はあなたの本心が分からず、イライラしたり、逆に罪悪感を持ったりする。あるいは「都合の良い人」として扱われる。
- 結果: ストレスを抱え込み、いつか爆発するか、心身の不調をきたす。
③ しずかちゃん型(アサーティブ:Assertive)
- 特徴: 自分の気持ちも、相手の気持ちも、両方とも大切にする。「私はこうしたい。あなたはどう?」
- 心理: 「自分には表現する権利がある」と同時に「相手にも断る権利がある」ことを理解している。対等な立場。
- 相手への影響: 相手は「尊重されている」と感じ、安心して自分の意見も言えるようになる。
- 結果: 相互理解が深まり、信頼関係が育つ。
添育が目指すのは、もちろん3つ目の「アサーティブ」な関係です。
しかし、日本人の多くは「謙譲の美徳」や「空気を読む文化」の影響で、無意識のうちに「のび太型」になりやすく、
それが限界に達すると突然「ジャイアン型」に豹変してしまう(キレる)、というパターンを繰り返してしまう傾向があります。
アサーションを支える「基本的人権」
テクニックの話に入る前に、とても大切なマインドセットをお伝えします。
アサーションのトレーニングでは、私たち全員に「自己表現の権利(アサーション権)」があると考えます。
あなたがどんな立場(親、教師、部下、上司)であっても、一人の人間として、以下の権利を持っています。
- 頼む権利: 誰かに助けを求めてもいい。
- 断る権利: 理由を詳しく説明しなくても、「No」と言っていい。
- 間違える権利: 失敗してもいいし、それに対して責任を取ればいい。
- 意見を変える権利: 一度決めたことでも、状況が変われば考えを変えてもいい。
- 感情を感じる権利: 怒りや悲しみを感じ、それを表現してもいい。
「親なんだから我慢しなきゃ」「教師なんだから完璧でなきゃ」といった思い込みが、
あなたのアサーション権を奪っています。
まずは、「私には、私の気持ちを大切にする権利がある」と、自分自身に許可を出してあげてください。
必修スキル①:主語を「私」に変える(Iメッセージ)
では、具体的なスキルに入りましょう。
最も基本にして強力なのが、Vol.14のNVCでも少し触れた「I(アイ)メッセージ」です。
相手に要望を伝える時、私たちは無意識に主語を「あなた(You)」にしてしまいがちです。
- Youメッセージ(攻撃・非難):
「(あなたは)なんで片付けないの!」
「(あなたは)いつも約束を破る!」
「(あなたは)どうしてそんなにだらしないの?」
主語が「あなた」になると、どうしても「相手の行動への評価・非難」というニュアンスが含まれます。
言われた相手はボールを投げつけられたように感じ、「自分を守らなきゃ」と防衛本能が働いた結果、耳を塞ぐか、反撃するかになります。
これを、主語を「私(I)」に変えてみましょう。
- Iメッセージ(自己開示):
「(私は)部屋が散らかっていると、落ち着かないんだ」
「(私は)連絡がないと、事故に遭ったんじゃないかと心配になるんだ」
「(私は)協力してくれると、すごく助かるし嬉しいんだ」
主語を「私」にすると、それは攻撃ではなく「私の心の内側を見せること(自己開示)」になります。
相手を責めているわけではなく、「私が困っている」「私が悲しい」という事実を伝えているだけです。
人は、責められると反発しますが、「困っている人」を目の前にすると、
「力になってあげたい」という本能が働きやすくなります。
Iメッセージは、相手の良心に直接語りかけるパスなのです。
必修スキル②:建設的な対話の型「DESC法」
言いにくいことを伝えたり、状況を改善したりするための最強のフレームワークが「DESC(デスク)法」です。
感情的にならず、論理的かつ温かく相手に伝えるための4ステップです。
例えば、「子どもが約束の時間を過ぎてもゲームをやめない」という場面で考えてみましょう。
D:Describe(描写する)
客観的な事実だけを伝えます。ここに主観や評価を入れないのがポイントです。
- ×「いつまでやってるの!」(評価)
- 〇「約束の21時を10分過ぎているね」(事実)
E:Express/Explain(表現する・説明する)
その事実に対して、自分がどう感じているか、あるいはどう考えているかを「Iメッセージ」で伝えます。
- ×「だらしないわね!いい加減にしなさい!」(感情の爆発)
- 〇「夜更かしをすると、明日朝起きられなくて辛い思いをするんじゃないかと、お母さんは心配なんだ」(感情・共感)
S:Suggest/Specify(提案する)
解決のための具体的で現実的な提案をします。命令ではなく、提案です。
- ×「今すぐやめなさい!取り上げるよ!」(命令・脅し)
- 〇「あと何分ならキリがいいか教えてくれる? または、今すぐやめて一緒に本を読むのはどう?」(提案・選択肢)
C:Choose/Consequence(選択する・結果)
相手の反応(Yes/No)に応じた選択肢(結果)を用意します。これにより、相手は「自分で選んだ」という自己決定感を持ちます。
- (Yesの場合) 「ありがとう!じゃあ、終わったら美味しいココアを入れようか」
- (Noの場合) 「もしこれ以上続けるなら、ルール通り明日のゲーム時間はなしになるけれど、それでいいかな?」
この「DESC法」を意識すると、感情任せの喧嘩が、「未来に向けた建設的な話し合い」に変わります。
必修スキル③:関係を壊さない「断り方」
アサーションで最もハードルが高いのが「Noと言うこと」です。
しかし、無理な要求を全て受け入れていると、あなたは疲弊し、結局相手のためにもなりません。
上手な断り方のコツは、「感謝・結論・代案」のサンドイッチ構造にすることです。
1.クッション言葉(感謝・謝罪):
「誘ってくれてありがとう!すごく嬉しいよ」
「声をかけてくれて助かるよ」
2.明確な拒否(結論):
「ただ、その日は先約があって行けないんだ」
「今は手一杯で、引き受けることが難しいんだ」
※ここで曖昧にせず、はっきりと伝えることが相手への誠実さです。
3.代案の提示(関係の維持):
「来週の土曜日なら空いているんだけど、どうかな?」
「この部分だけなら手伝えるけど、どう?」
「また別の機会にぜひ誘ってね!」
このように断れば、「あなたの要求(Request)は断るけれど、あなた自身(Person)を拒絶しているわけではない」というメッセージが伝わります。
爽やかに断ることは、自分を守り、かつ相手との長い関係を守ることにつながるのです。
まとめ:アサーションは「架け橋」
アサーションは、相手を言い負かす技術ではありません。
自分と相手の間に、「対等な架け橋」をかける作業です。
あなたが自分の気持ちを素直に(Iメッセージで)伝え、相手の事情も聞く。
その上で、「じゃあ、どうしようか?」と第三の案を一緒に探す。
このプロセスこそが、添育の目指す「共育(共に育つ)」の姿です。
自分の心に嘘をつかず、相手の心も尊重する。
そんな風通しの良い関係性が、子どもの、
そしてあなた自身の自己肯定感を何倍にも高めてくれるはずです。
さて、今回で【技法編】は完結です。
・「傾聴」で受け止め、
・「コーチング」で引き出し、
・「解決志向」で未来を見つめ、
・「NVC」でつながり、
・「アサーション」で自分を表現する。
これら5つの武器があれば、どんな対話も恐れることはありません。
次回Vol.16からは、いよいよ新章【学習メカニズム編】がスタートします!
その記念すべき第1弾は、学習理論の金字塔、
ヴィゴツキーの「最近接領域(ZPD)&足場かけ(スキャフォールディング)」。
「一人ではできないけれど、助けがあればできる」という魔法の領域を見極め、
絶妙なサポートで子どもの能力を伸ばす、プロの指導技術について解説します。
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