【添育理論Vol.10・哲学編5】「わかったつもり」を捨てる勇気。判断を保留する態度「エポケー」

添育(そういく/Soiku)

 

「添育(そういく)」を支える25の理論を巡る旅。

【哲学編】の最終回です。

 

前回、難解な「オートポイエーシス」で、

「他者をコントロールすることはできないし、完全に理解することもできない」という、

冷厳な事実を突きつけられました。

【添育理論Vol.9・哲学編4】「伝わらない」が科学的真実。コントロール不全を受け入れる「オートポイエーシス」
「添育(そういく)」を支える25の理論を巡る旅。【哲学編】も、いよいよ佳境です。これまでの哲学編で、私たちは「支配しない(アドラー)」「寄り添う(ケア)」「信じる(PCA)」ことを学んできました。しかし、現場の私たちは、それでもやっぱり悩み...

 

では、私たちはどうすればいいのでしょうか?

 

諦めて、背を向ける?

 

いいえ、違います。

 

「わからない」という前提に立つからこそ、初めて見えてくる「真実」があります。

 

哲学編の最後を締めくくるのは、現象学の祖、

エドムント・フッサールの「エポケー(判断停止)」。

 

これは、私たちが無意識にかけている「色眼鏡」を外し、

ありのままの世界(子ども)と出会うための、

最も基本的で、最も重要な「心のスタンス」です。

 

私たちは「色眼鏡」で世界を見ている

 

私たちは普段、自分の目で見ているようで、

実は「過去の経験則」というフィルターを通して見ています。

 

例えば、子どもがソファでスマホをいじっているのを見たとします。

 

多くの親や教師は、瞬時にこう反応します。

 

  • 「またサボってる(判断)」
  • 「勉強嫌いな子だ(レッテル)」
  • 「将来困るぞ(予断)」

 

事実を見るよりも先に、脳が勝手に意味づけをしてしまうのです。

 

これを、フッサールは「自然的態度」と呼びました。

 

生きていく上で便利な機能ですが、

教育においては、これが「目の前の子どもを見えなくさせる」最大の壁になります。

 

「あいつは反抗期だ」「やる気がない」と一度決めてかかると、

その子がどんなに小さな努力をしていても、もう目に入らなくなってしまうのです。

 

判断を「カッコ」に入れる

 

そこで必要になるのが、「エポケー(判断停止)」です。

 

これは、自分の持っている知識や先入観を捨てることではありません(捨てるのは不可能です)。

 

そうではなく、「判断を一時的に保留し、カッコに入れる(括弧入れ)」のです。

 

  • いつもの反応(自然的態度):

見た(スマホ) ⇒ 即判断(サボりだ!) ⇒ 怒る

 

  • エポケーの反応(現象学的態度):

見た(スマホ) ⇒ 【判断停止(サボり…に見えるが、それは私の解釈だ。一旦( )に入れて脇に置こう)】 ⇒ 観察する

 

「サボりだ」という判断を保留にして、宙ぶらりんの状態に耐えること。

 

そうして初めて、クリアになった目で「ただ、スマホを見ている」という、

「事実」だけを見つめることができます。

 

「事実」と「解釈」を切り分ける

 

添育の現場でエポケーを使うためのコツは、

「事実(Fact)」と「解釈(Interpretation)」を明確に分けることです。

 

  • 事実(誰が見ても同じこと):
    • 子どもがソファに横になっている。
    • テストで30点を取った。
    • 声が小さい。

 

  • 解釈(あなたの色眼鏡):
    • やる気がない(←解釈)。
    • 勉強不足だ(←解釈)。
    • 自信がない(←解釈)。

 

「やる気がない!」と怒りたくなったら、エポケーのスイッチを押し、

「おっと、それは私の『解釈』だ。事実は何だ?」と自問します。

 

事実は「ソファに横になっている」だけ。

 

そう冷静になれれば、「疲れてるの?」「何か見てるの?」と、

決めつけではないフラットな問いかけができるようになります。

 

哲学編のゴール:「無知の知」へ

 

ここまで5回にわたり、以下の哲学(OS)を学んできました。

 

  • Vol.6 アドラー: 課題を分離し、支配しない。
  • Vol.7 ケアの倫理: 正しさより、目の前の痛みに応答する。
  • Vol.8 人間中心アプローチ: 教えるな、内なる力を信じる。
  • Vol.9 オートポイエーシス: コントロールできないことを知る。
  • Vol.10 エポケー: 決めつけず、ありのままを見る。

 

これら全てに通底するのは、ソクラテスの言う「無知の知」です。

 

私たちは、子どもの未来も、内面も、正解も、何ひとつ完璧には知り得ません。

だからこそ、謙虚に寄り添い(添)、共に育つ(育)のです。

 

指導者としての最強のOSは、豊富な知識ではなく、

「私は知らない。だから、あなたの声を聞かせてほしい」という、開かれた心なのです。

 

まとめ:カッコに入れれば、優しくなれる

 

イライラした時、不安になった時。

 

それは大抵、あなたの「こうあるべき」「こうなるはず」という自分の判断(色眼鏡)に、

現実が合わないからです。

 

そんな時こそ、心の中で唱えてください。

 

「エポケー(判断停止)!」

 

そのイライラをそっとカッコに入れて、深呼吸を一つ。

 

そして、曇りのない目で、もう一度目の前の子どもを見てください。

 

そこには、あなたの思い通りではないけれど、懸命に「今」を生きている、

尊い一人の生命がいるはずです。

 


 

以上で【哲学編】は完結です!

強固な土台(OS)が出来上がりました。

 

次回からは、この土台の上で実際にどう動くか。

【対話技法編】がスタートします。

 

第1弾(Vol.11)は、エポケーした真っ白な心で相手を受け入れる技術。

「積極的傾聴(アクティブ・リスニング)」について解説します。

 

単なる「聞き上手」とは違う、プロの技術をお伝えします。

〇〇〇

コメント

タイトルとURLをコピーしました