「添育(そういく)」を支える25の理論を巡る旅。
【哲学編】の最終回です。
前回、難解な「オートポイエーシス」で、
「他者をコントロールすることはできないし、完全に理解することもできない」という、
冷厳な事実を突きつけられました。

では、私たちはどうすればいいのでしょうか?
諦めて、背を向ける?
いいえ、違います。
「わからない」という前提に立つからこそ、初めて見えてくる「真実」があります。
哲学編の最後を締めくくるのは、現象学の祖、
エドムント・フッサールの「エポケー(判断停止)」。
これは、私たちが無意識にかけている「色眼鏡」を外し、
ありのままの世界(子ども)と出会うための、
最も基本的で、最も重要な「心のスタンス」です。
私たちは「色眼鏡」で世界を見ている
私たちは普段、自分の目で見ているようで、
実は「過去の経験則」というフィルターを通して見ています。
例えば、子どもがソファでスマホをいじっているのを見たとします。
多くの親や教師は、瞬時にこう反応します。
- 「またサボってる(判断)」
- 「勉強嫌いな子だ(レッテル)」
- 「将来困るぞ(予断)」
事実を見るよりも先に、脳が勝手に意味づけをしてしまうのです。
これを、フッサールは「自然的態度」と呼びました。
生きていく上で便利な機能ですが、
教育においては、これが「目の前の子どもを見えなくさせる」最大の壁になります。
「あいつは反抗期だ」「やる気がない」と一度決めてかかると、
その子がどんなに小さな努力をしていても、もう目に入らなくなってしまうのです。
判断を「カッコ」に入れる
そこで必要になるのが、「エポケー(判断停止)」です。
これは、自分の持っている知識や先入観を捨てることではありません(捨てるのは不可能です)。
そうではなく、「判断を一時的に保留し、カッコに入れる(括弧入れ)」のです。
- いつもの反応(自然的態度):
見た(スマホ) ⇒ 即判断(サボりだ!) ⇒ 怒る
- エポケーの反応(現象学的態度):
見た(スマホ) ⇒ 【判断停止(サボり…に見えるが、それは私の解釈だ。一旦( )に入れて脇に置こう)】 ⇒ 観察する
「サボりだ」という判断を保留にして、宙ぶらりんの状態に耐えること。
そうして初めて、クリアになった目で「ただ、スマホを見ている」という、
「事実」だけを見つめることができます。
「事実」と「解釈」を切り分ける
添育の現場でエポケーを使うためのコツは、
「事実(Fact)」と「解釈(Interpretation)」を明確に分けることです。
- 事実(誰が見ても同じこと):
- 子どもがソファに横になっている。
- テストで30点を取った。
- 声が小さい。
- 解釈(あなたの色眼鏡):
- やる気がない(←解釈)。
- 勉強不足だ(←解釈)。
- 自信がない(←解釈)。
「やる気がない!」と怒りたくなったら、エポケーのスイッチを押し、
「おっと、それは私の『解釈』だ。事実は何だ?」と自問します。
事実は「ソファに横になっている」だけ。
そう冷静になれれば、「疲れてるの?」「何か見てるの?」と、
決めつけではないフラットな問いかけができるようになります。
哲学編のゴール:「無知の知」へ
ここまで5回にわたり、以下の哲学(OS)を学んできました。
- Vol.6 アドラー: 課題を分離し、支配しない。
- Vol.7 ケアの倫理: 正しさより、目の前の痛みに応答する。
- Vol.8 人間中心アプローチ: 教えるな、内なる力を信じる。
- Vol.9 オートポイエーシス: コントロールできないことを知る。
- Vol.10 エポケー: 決めつけず、ありのままを見る。
これら全てに通底するのは、ソクラテスの言う「無知の知」です。
私たちは、子どもの未来も、内面も、正解も、何ひとつ完璧には知り得ません。
だからこそ、謙虚に寄り添い(添)、共に育つ(育)のです。
指導者としての最強のOSは、豊富な知識ではなく、
「私は知らない。だから、あなたの声を聞かせてほしい」という、開かれた心なのです。
まとめ:カッコに入れれば、優しくなれる
イライラした時、不安になった時。
それは大抵、あなたの「こうあるべき」「こうなるはず」という自分の判断(色眼鏡)に、
現実が合わないからです。
そんな時こそ、心の中で唱えてください。
「エポケー(判断停止)!」
そのイライラをそっとカッコに入れて、深呼吸を一つ。
そして、曇りのない目で、もう一度目の前の子どもを見てください。
そこには、あなたの思い通りではないけれど、懸命に「今」を生きている、
尊い一人の生命がいるはずです。
以上で【哲学編】は完結です!
強固な土台(OS)が出来上がりました。
次回からは、この土台の上で実際にどう動くか。
【対話技法編】がスタートします。
第1弾(Vol.11)は、エポケーした真っ白な心で相手を受け入れる技術。
「積極的傾聴(アクティブ・リスニング)」について解説します。
単なる「聞き上手」とは違う、プロの技術をお伝えします。
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