「添育(そういく)」を支える25の理論を巡る旅。
【哲学編】も中盤に差し掛かりました。
突然ですが、みなさんは子どものことを、心のどこかでこう見ていませんか?
「中身が空っぽの容器」
・空っぽだから、私たち大人が知識や道徳を注ぎ込まなければならない。
・放っておいたら、何もできないままダメになってしまう。
・だから「教える(ティーチング)」必要があるのだ、と。
しかし、今回ご紹介する理論、
カール・ロジャーズの「人間中心アプローチ(Person-Centered Approach)」
これによって、その常識は180度ひっくり返るかもしれません。
ロジャーズは言います。
「人は誰でも、自ら成長し、問題を解決する力(実現傾向)を既に持っている」
大人の役割は、「教え込むこと」ではありません。
その力が発揮されるのを邪魔せず、「促進すること(ファシリテート)」だけなのです。
暗闇のジャガイモが教えてくれること
ロジャーズの哲学を象徴する、有名なエピソードがあります。
ある日、彼は地下室の暗闇の中で、カゴに入ったまま忘れられていたジャガイモを見つけました。
光も水もない過酷な環境。
それでもジャガイモは、遠くのかすかな光を求めて、
白くてひょろひょろとした芽を、必死に伸ばしていました。
その姿は決して美しくはありません。
しかしそこには、
「どんなに環境が悪くても、生きよう、成長しようとする凄まじい力」がありました。
人間も同じです。
不登校の子も、反抗する子も、無気力に見える子も。
内側には必ず「より良くなりたい」「成長したい」という、
強烈なエネルギー(実現傾向)が眠っています。
もし、子どもが育っていないなら、それは「能力がない」のではありません。
そこが「暗い地下室(抑圧された環境)」だからです。
光と水さえあれば、教えなくても勝手に伸びていくのです。
「教師」から「ファシリテーター」へ
この人間観に立つと、私たちの役割は劇的に変わります。
- これまでの教育(Teacher):
- 私は答えを知っている。あなたは知らない。
- 私が与え、あなたは受け取る。
- 「指導」する存在。
- 添育・人間中心アプローチ(Facilitator):
- 答えはあなたの中にある。私はそれを引き出す手伝いをする。
- あなたは自ら学び、私は環境を整える。
- 「促進」する存在。
Vol.1の『学び合い』で、教師が直接的な教授をしなくなる理由がここにあります。

子どもたちは、適切な環境さえあれば、教師が教えるよりもはるかに深く、
自分たちで学び取る力を持っていると信じているからです。
成長を爆発させる「3つの条件」
では、どうすればその内なる力を引き出せるのか?
ロジャーズは、ファシリテーター(親・教師)が備えるべき「3つの態度」を定義しました。
これが揃った時、人の心は化学反応を起こし、劇的に成長し始めます。
① 自己一致(Genuineness)
「先生」という仮面を被らないこと。
無理して立派な振る舞いをせず、一人の人間として、
ありのままの自分(感情と言動が一致している状態)で接すること。
大人が嘘をついていないからこそ、子どもも鎧を脱ぐことができます。
② 無条件の肯定的関心(Unconditional Positive Regard)
「テストが良いから好き」「言うことを聞くから偉い」といった条件をつけないこと。
成功しても失敗しても、「あなたという存在そのものを尊重する」という、
温かい眼差しを向け続けること。
これがVol.4の「心理的安全性」の正体です。

③ 共感的理解(Empathic Understanding)
相手の靴を履いて、相手の目で世界を見るように理解しようとすること。
「かわいそうに(同情)」ではなく、「そうか、君は今、そう感じて苦しいんだね」と、
内面世界を共有すること。
Vol.7の「ケアの倫理(応答)」と通じる姿勢です。

私たちは「無力」でいい
この理論が私たちに突きつける、最も厳しい、しかし希望に満ちたメッセージ。
それは、「私たちは他人を変えることはできない」ということです。
ジャガイモの芽を引っ張って伸ばすことはできません(引っ張れば千切れます)。
私たちができるのは、土を耕し、水をやり、日を当てることだけ。
「どうにかしてあげる」という傲慢さを捨てましょう。
「この子は、自分の力でどうにかできる」と信じて、待つのです。
まとめ:信じ抜くことが、最強の教育
「何も教えないで、本当に大丈夫?」
不安になる気持ちはわかります。
でも、思い出してください。
赤ちゃんは、誰に教わらなくても、何千回転んでも立ち上がり、歩けるようになります。
言葉を覚え、遊びを発明します。
その奇跡のような力が、目の前の子ども(部下)にも、そしてあなた自身にも、
必ず宿っています。
教えなくていい。変えなくていい。
ただ、その力が芽吹くのを邪魔せず、温かく見守る「促進者」であってください。
そうすれば、彼らは想像もしなかったような美しい花を、自らの力で咲かせるはずです。
次回、哲学編第4弾。
この「内側から勝手に育つ」という生命の不思議を、
システム論の観点から科学的に解明した難解にして深淵な理論。
「オートポイエーシス」について解説します。
なぜ「コントロール」は必ず失敗するのか? その謎が解けます。


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