環境が整い、子どもが自ら一歩を踏み出した。
その時、私たち大人は何をしているでしょうか?
「ちゃんとできているかな?」「間違っていないかな?」と、
腕組みをして監視しているとしたら、それはまだ「教育(管理)」の視点です。
添育(そういく)の二つ目の合言葉【観る】
それは、評価やジャッジといった「色眼鏡」を意識的に外し、目の前の相手のありのままの姿と、
そこに現れる微かな「成長の兆し」を捉えようとする、深く能動的な関わりです。
今回は、哲学や心理学の知見を借りながら、相手の可能性を信じ抜くための「観察の技術」について紐解いていきます。
私たちは「事実」ではなく「解釈」を見ている
私たちは普段、目の前の現象をありのままに見ているようでいて、実は瞬時に脳内で「解釈」を加えています。
- 子どもが窓の外を見ている → 「集中していない」(解釈)
- 何度も同じ失敗をする → 「やる気がない」(解釈)
この「解釈」の多くは、大人の過去の経験や「こうあるべき」という規範に基づいた「評価」です。
しかし、窓の外を見ていたのは、思考を整理するためだったかもしれない。
失敗を繰り返すのは、納得いくまで試行錯誤したいからかもしれない。
哲学者のフッサールは、この独自の思い込みや判断を一旦停止し、カッコに入れることを、
「エポケー(判断停止/判断保留)」と呼びました。
添育における【観る】とは、まずこのエポケーを実践することです。
「集中していない」と決めつける前に、「今、5分間窓の外を見つめていた」という「事実」だけを静かに受け止める。
この知的謙虚さが、相手理解のスタートラインになります。
「欠点」ではなく「強み・兆し」に焦点を当てるレンズ
従来の教育は、しばしば「できていないこと(欠点)」を見つけて修正しようとする
「医療モデル」のアプローチを取りがちでした。
しかし、添育では視点を反転させます。
ポジティブ心理学が提唱するように、相手の「強み」やこれから伸びようとしている
「成長の兆し」に焦点を当てるのです。
ストレングス・視点への転換
- ×「まだ〇〇ができていない」
- → 〇「以前より△△ができるようになっている」
- ×「落ち着きがない子だ」
- → 〇「好奇心が旺盛で、色々なものに興味を持つエネルギーがある子だ」
これは単なる「ポジティブシンキング」ではありません。
欠点も含めたその子のユニークさを丸ごと受け入れた上で、本人がまだ気づいていないかもしれない「可能性の芽」を、大人が先に見つけて光を当てる技術です。
現場で使える観察スキル:「事実」と「解釈」を分ける
では、具体的にどうすれば「評価の色眼鏡」を外せるのでしょうか。
私が現場で実践している、シンプルなトレーニング方法を紹介します。
それは、心の中で「実況中継」をすることです。
アナウンサーになったつもりで、目の前の状況を客観的な言葉だけで描写してみるのです。
【例:教室で課題に取り組まない生徒を見て】
- これまでの見方(解釈・評価):
- 「Aさんは、やる気がなさそうにダラダラしている。反抗期かな。」
- 添育的な見方(事実の実況中継):
- 「Aさんは、教科書を閉じたまま、5分間、天井を見上げている。時折、ため息をつき、シャーペンを回している。」
こうして事実だけを言語化してみると、「やる気がない」というのは私の勝手な解釈だったと気づきます。
「もしかしたら、何か深い悩みを抱えているのかもしれない」
「課題の難易度が合っていないのかもしれない」と、多様な可能性(仮説)が見えてくるのです。
家庭でも同じです。
わが子がティッシュを箱から全部引き出している。
「いたずらだ!」と怒る前に、
「白いふわふわしたものが次々に出てくる現象に、夢中になっている」と事実を見てみる。
すると、その行動がいたずらではなく、一種の「探究活動」に見えてくるから不思議です。
正しく観てもらえる安心感が、人を育てる
なぜ、ここまで「観る」ことにこだわるのでしょうか。
それは、人間にとって「ありのままの自分を、評価せずに見つめてもらえる」という経験が、
何よりも深い安心感(心理的安全性)を生むからです。
「先生は、親は、僕の良いところも悪いところも全部ひっくるめて見てくれている」
その信頼感があるからこそ、子どもは安心して失敗でき、次の挑戦へと踏み出せるのです。
ナラティブ・セラピーでいう「証人(ウィットネス)」としての役割を、大人が果たすのです。
結びに:観察は、最も静かで熱い「愛」の行為
評価を捨て、解釈を保留し、ただ相手の存在そのものを見つめ続ける。
これは、口で言うほど簡単なことではありません。忍耐と訓練が必要です。
しかし、これほど相手を尊重し、その可能性を信じるというメッセージを伝える行為も、
他にないでしょう。
「観る」ことは、受動的な行為ではありません。
相手を理解しようとする、最も能動的で静かな愛の行為なのです。
さて、環境を整え、温かい眼差しで見守った。
それでも相手が動かないとき、失敗して立ち尽くしているとき。
私たちにできる最後の、そして最も難易度の高い関わりとは何でしょうか?
次回、第10回:【スキル③:待つ】信じて沈黙する「アクティブ・ペイシェンス」。
手を出したい、口を出したいという最大の誘惑に打ち勝ち、
相手の脳内で自律のスイッチが入る神聖な瞬間を守り抜く、
「待つ」という技術の深淵へご案内します。




コメント