【第8回】『スキル①:整える』 指示を出さずに、子どもが勝手に動き出す「環境デザイン」の秘密

添育(そういく/Soiku)

 

「早く準備しなさい」

「いつまでゲームしてるの」

「もっと自分から勉強してほしい」

 

家庭でも学校でも、私たちの口からつい出てしまう、こうした「指示・命令」の言葉。

 

しかし、第7回でお話ししたように、私たちはもう「支配のトゲ」を抜き、「伴走者」としてのOSを立ち上げました。

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では、指示出しをやめた大人は、一体何をすればいいのでしょうか?

 

ただ手をこまねいて見ているだけ?

 

いいえ、違います。

 

添育(そういく)の最初の合言葉【整える】

 

それは、言葉で相手を動かす代わりに、思わず体が動いてしまうような「舞台装置」を設計するという、非常にクリエイティブな仕事です。

 

今回は、行動経済学や心理学の知見を借りながら、指示ゼロで子どもが動き出す「環境デザイン」の秘密に迫ります。

 

意志の力に頼らない「ナッジ」という後押し

 

「やる気を出して!」と精神論で迫っても、人はなかなか動きません。

 

ここで取り入れたいのが、ノーベル経済学賞を受賞したリチャード・セイラーらが提唱する

「ナッジ(Nudge)」という理論です。

 

ナッジとは「肘で軽くつつく」という意味。

 

強制や命令ではなく、選択の自由を残したまま、相手が自然に望ましい行動をとるよう

「そっと後押しする」仕掛けのことです。

 

有名な例があります。

 

男子トイレの小便器に、小さな「ハエのマーク」のシールを貼る。

 

すると、利用者は無意識にその的を狙ってしまい、結果として床の汚れが劇的に減りました。

「綺麗に使いなさい」という貼り紙(指示)よりも、たった一枚のシール(環境)が人の行動を変えたのです。

 

添育的なナッジの実践

 

これを子育てに応用してみましょう。

 

「片付けなさい!」と怒鳴る前に、おもちゃ箱に「ミニカーの写真」を貼ってみる。

すると、子どもの脳内で「どこに戻せばいいか迷う」という負荷が減り、ゲーム感覚で片付けが始まります。

 

これは「チョイス・アーキテクチャ(選択肢の設計)」と呼ばれます。大人の仕事は、声を荒らげることではなく、望ましい行動へのハードルを環境側で下げておくことなのです。

 

 

環境に語らせる「アフォーダンス」の視点

 

なぜ私たちは、ドアに「取っ手」が付いていれば引き、「平らな台」があればつい物を置いてしまうのでしょうか。

 

生態心理学者のJ.J.ギブソンは、環境や物が持つ「その行為を誘発する性質」を

「アフォーダンス(affordance)」と名付けました。

 

物は、言葉を使わずに私たちに語りかけているのです。

 

モンテッソーリ教育が「準備された環境」を徹底的に重視するのも、この理屈です。

 

子どもの手のひらサイズに合った道具、美しい教具が整然と並んだ棚。

それらは全て、「私を触ってごらん」「使ってみてごらん」と子どもたちを誘惑します。

 

大人が「教えるプロ」から「環境デザインのプロ」へと進化するとき、

子どもの中にある探究心のスイッチは、誰が押すまでもなく勝手に入り始めるのです。

 

『学び合い』の課題提示は、究極の環境デザイン

 

この【整える】技術は、集団指導においても絶大な威力を発揮します。

 

その最高峰が、『学び合い』における「課題の提示」です。

 

従来の授業では「教科書の20ページを開いて、問1を解きなさい」というように、

教師が細かく指示を出します。これは「管理」です。

 

一方『学び合い』では、

 

「チャイムが鳴るまでに、クラス全員がこの問題を説明できるようになってください。

誰と相談しても、何を使ってもいいです」

 

この一言は、単なる指示ではありません。

 

「全員達成」という明確なゴールと、「協力してよい」という心理的安全性をセットにした、

高度な環境設定なのです。

 

この環境(舞台)が整った瞬間、子どもたちは教師の指示を待つことをやめ、

「どうすれば全員が分かるか?」を自分たちで考え、動き始めます。

 

「課題そのもの」が、子どもたちをアフォードし、ナッジしているのです。

 

最高の「裏方」に徹する技術

 

添育者が【整える】フェーズで行うのは、いわば「摩擦(フリクション)」のコントロールです。

 

  • 良い行動の摩擦を減らす:
    • 宿題に取り掛かりやすいよう、鉛筆は削り、ノートは開いて机に置いておく。
    • 誰もが助け合えるよう、教室の座席を固定せず流動的にする。
  • 悪い行動の摩擦を増やす:
    • 勉強の邪魔になるスマホは、「意志の力」で我慢させるのではなく、あえて別の部屋の「取り出しにくい箱」に入れる。

 

添育者は、ステージの主役ではありません。

主役である学習者が最高のパフォーマンスを発揮できるよう、照明を当て、動線を確保し、小道具を揃える。

そんな「最高の裏方(照明・音響・大道具係)」としてのクリエイティビティが求められます。

 

結びに:指示を一つ減らし、工夫を一つ増やす

 

「環境を整える」ことは、相手をコントロールすることではありません。

むしろ、相手が自分の意志で動くための「自由なスペース」を確保することです。

 

明日から、子どもに何か指示を出したくなった瞬間に、一度グッとこらえて、周囲を見渡してみてください。

 

「この子が思わず動きたくなるような、どんな『仕掛け』ができるだろうか?」と。

 

さて、環境が整い、子どもが自ら一歩を踏み出しました。

その次に、私たち添育者がすべきことは何でしょうか?

 

それは、評価の眼差しを捨てて、その姿をじっと見つめることです。

 

次回、第9回:【スキル②:観る】評価を捨てて「成長の兆し」を捉える観察術。

 

ポジティブ心理学や現象学の知見をヒントに、相手をジャッジせずに「ありのまま」を捉える、

深い観察の世界へご案内します。

【第9回】『スキル②:観る』 評価の色眼鏡を外し、成長の「兆し」を捉える観察術
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