【第6回】一対一の「個人」と、一対多の「集団・組織」 添育が変える二つの景色

添育(そういく/Soiku)

第5回では、添育(そういく)を

「学習者が自律的に育つプロセスに、伴走者として横から寄り添うこと」と定義しました。

【第5回】添育(そういく)の定義:主役の座を本人(学習者)に返し、伴走者として生きる
第4回では、私が「教育」という言葉の裏側に感じていた、ある種の「支配」や「過干渉」という名の「トゲ」についてお話ししました。「良かれと思って」手を貸すことが、実は子どもの自律を奪っているのではないか。その葛藤の果てにたどり着いたのが、今回お...

 

この定義を胸に、いよいよ具体的な実践のステージへと進んでいきましょう。

 

添育を実践する場は、大きく分けて二つあります。

 

目の前の一人と向き合う「対個人」の場と、教室やチームといった「対集団・組織」の場です。

 

一見、真逆のスキルのように思えるかもしれませんが、実はその根底に流れる哲学は全く同じです。

 

今回は、この「個人」と「集団・組織」という二つの景色において、

添育がどのような役割を果たすのかを紐解いていきます。

 


 

教育や育児の現場にいると、私たちは常にこの二つの間で揺れ動きます。

 

「あの子にじっくり関わってあげたいけれど、クラス全体も見なければならない」

「個別のニーズに応えたいけれど、組織としての目標もある」。

 

多くの人がここで「個か、集団か」という二者択一の悩みに陥ります。

 

しかし、添育の視点をもつと、この二つは対立するものではなく、

「同じ根っこから伸びた二つの枝」であることに気づきます。

 

その違いを、私は「スポットライト」と「太陽」という言葉で表現します。

 

対個人の添育:一対一で「スポットライト」を当てる

 

一対一の添育は、親子の関わりやメンタリング、コーチングの場面で発揮されます。

ここでの添育者は、相手の微細な変化を逃さない「高精度のスポットライト」です。

 

成長の「兆し」に全神経を集中させる

 

第3回でお話しした「0歳児の寝返り」のように、言葉にならない微細なサインに光を当てます。

これは心理学でいう「共感的理解」の極致です。

 

相手が何にワクワクし、どこで足が止まっているのか。

評価を下さず、ただその状態を明るく照らし続けます。

 

「その人だけのタイミング」を尊重する

 

集団のペースに合わせる必要がないため、徹底的に「本人のリズム」に寄り添うことができます。

 

ナラティブ・セラピーの「無知の姿勢」を貫き、大人の正解を押し付けず、本人が納得して一歩を踏み出すまでじっと待つ。

 

この濃密な「信じられている」という感覚が、個人の自己肯定感を爆発的に高めます。

 

 

対集団・組織の添育:組織を温める「太陽」になる

 

一方で、学校のクラスや会社のチームといった「集団」における添育は、趣が変わります。

 

ここでは特定の誰かだけを照らすのではなく、空間全体を温め、自律を促す「太陽」のような存在が求められます。

 

ここで私が全幅の信頼を置いているのが、『学び合い』の理論です。

 

「相互添育」の生態系を整える

 

リーダー一人が全員を細かくコントロールしようとすると、必ず無理が生じます。

添育者がすべきは、直接「教える」ことではなく、メンバー同士が助け合い、高め合えるような

「安全で温かい土壌」を整えることです。

 

アドラー心理学が説く「共同体感覚(自分は仲間に貢献できているという感覚)」が育つ環境をデザインすれば、集団は勝手に「相互添育」を始めます。

 

誰かが困っていれば隣の人がそっと添う。

そんな自浄作用を持つ生態系を作ることこそが、集団における添育の醍醐味です。

 

共通する根っこ:大人の「エゴ」を手放す覚悟

 

スポットライトと太陽。

アプローチは違えど、共通しているのは「大人が主役の座を降りる」という覚悟です。

 

  • 対個人では: 「私がこの子を導いてあげよう」という支配欲を手放す。
  • 対集団では: 「私がこの組織を管理しよう」という管理欲を手放す。

 

大人が「自分が何とかしなければ」というエゴを手放したとき、そこに初めて「自律」のスペースが生まれます。

一人の子どもが自分の足で歩き出すのも、一つのクラスが劇的にまとまり始めるのも、その本質は同じ「内側からの爆発的な成長」を信じることにあります。

 

なぜ、今「組織への添育」が必要なのか?

 

これまで、日本の社会や教育は「強いリーダーが引っ張る(縦の教育)」というモデルで動いてきました。

 

しかし、これだけ変化の激しい時代において、一人のリーダーがすべての正解を持ち続けることは不可能です。

 

かつての人類は、地域コミュニティという「群れ」の中で、親に限らず多様な大人や年長者が子どもに添い、学び合ってきました。

 

近代の「管理型教育」が切り捨ててしまったこの「相互添育」の力を、私たちは今、

現代的な理論(システム思考や心理的安全性格)を携えて取り戻そうとしています。

 

今、求められているのは、一人ひとりが自律し、互いに添い合いながら成長していく、

「添育型の組織」です。

 

これは教育現場に限った話ではありません。

 

「部下の主体性を引き出したいマネージャー」

「家族の絆を深めたい親」

「地域コミュニティを活性化させたいリーダー」

 

誰もが「添う」というマインドをもつことで、そこにある景色は劇的に変わり始めます。

 

結びに:あなたは「どこ」で添いますか?

 

一対一で深く向き合う時間も、集団や組織の中でうねりを見守る時間も、どちらも尊い添育の場です。

 

大切なのは、どちらの場面でも「相手(たち)は自ら育つ力を持っている」という揺るぎない確信を持ち続けることです。

 

さて、添育の「定義(What)」と「領域(Where)」が整理できました。

 

ここまでの話は、いわば添育の「OS(基盤)」の話です。

 

次回からは、いよいよ実践の核心(How)である「3つの合言葉」の具体論に入ります。

 

まずは、添育者の最もクリエイティブな仕事。

第7回は「【マインドセット】支配のトゲを抜き、伴走者としてのOSを立ち上げる」

 

なぜ私たちは「教えたい欲求」を抑えられないのか?

その心理学的背景を解き明かしながら、自分をアップデートする旅を始めましょう。

【第7回】『マインドセット』支配のトゲを抜き、伴走者としての「OS」を立ち上げる。
教員として、あるいは親として、私たちは常に「導かなければならない」という静かなプレッシャーの中で生きています。目の前の子どもが立ち止まっていれば背中を押し、道に迷いそうになれば先回りして正解を教える。それが「教育者」の責任であり、愛情だと信...

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