環境を【整え】、温かい眼差しで【観て】いたとしても、
相手がこちらの期待通りに動くとは限りません。
・教室で話し合いが停滞し、沈黙が流れる。
・わが子が靴を履くのに手間取り、出発時間が迫る。
・部下が失敗を繰り返し、成果が出ない。
そんな時、私たちの内側には「私が何とかしなければ」という強烈な衝動が走ります。
つい口を出し、手を出してしまう。
しかし、添育(そういく)の最後の合言葉【待つ】
それは、この最大の誘惑に打ち勝ち、相手を信じて沈黙を守り抜く、高度な技術です。
今回は、なぜ「待つ」ことが必要なのか、そして、いかにして「待てない自分」と向き合うのかについて、科学的な視点も交えて考えていきます。
なぜ、先回りしてはいけないのか?
私たちが「待てない」最大の理由は、「失敗させたくない」「早く正解に導きたい」という善意です。
しかし、その善意が、時として相手の成長を阻害します。
科学が証明する「自律」のメカニズム
心理学の「自己決定理論」が示す通り、人間には「自律性(自分で決めたい)」という根源的な欲求があります。
大人が先回りして指示を出すことは、この欲求を奪い、「やらされ感」を生む最大の要因になります。
脳科学の視点でも同様です。人が試行錯誤し、葛藤している時こそ、脳の前頭前野(思考や判断の中枢)が最も活性化します。
安易に正解を与えることは、この貴重な脳のトレーニング機会を奪うことに他なりません。
0歳児が何度も転がりながら寝返りを習得するように、人間は本来、自らの力で解を見つける力をもっています。
「待つ」とは、その本来のプログラムが作動するのを信じることです。
「待つ」とは、最も能動的な行為である
多くの人が誤解していますが、「待つ」ことは「何もしない(放置)」ではありません。
カウンセリングの現場では、「沈黙」は黄金の時間と呼ばれます。
クライアントが言葉に詰まった時、それは内面と深く向き合っている証拠だからです。
セラピストは、その静寂を破らないよう、全身全霊で「待つ」ことに集中します。
添育における「待つ」も同じです。
手を出したくなる自分の不安や支配欲と闘い、相手の可能性を信じ続ける意志の力。
これは、受動的な忍耐ではなく「アクティブ・ペイシェンス(能動的な待機)」と呼ぶべき、
非常にエネルギーを必要とする精神活動なのです。
現場で「待つ」ための具体的なスキル
では、どうすれば私たちはこの高度な技術を実践できるのでしょうか。
私が現場で意識しているトレーニング方法を紹介します。
① セルフモニタリング:「これは誰のため?」
手や口を出したくなった瞬間、心の中で自分に問いかけます。
「今、介入しようとしているのは、相手の成長のためか?
それとも、自分が安心したい、イライラを解消したいだけではないか?」
この「一呼吸」が、衝動的な介入を止めるブレーキになります。
② 物理的な距離を取る
どうしても口を出しそうになったら、物理的にその場を離れます。
教室なら教壇から降りて場所を移動する。家庭ならトイレに立つ。
視界から外すことで、相手に「あなたに任せたよ」という無言のメッセージを送ることができます。
③ 期限付きの「待ち」
「永遠に待つ」のは苦行です。
「あと3分だけ待ってみよう」「今日のところは見守ろう」と期限を区切ることで、
自分の心に余裕が生まれます。
信頼の証としての沈黙
私自身の経験ですが、担任していたクラスの子が友達と意見が合わずに泣いてしまった時、
何も言わずにただ隣に座って待ったことがありました。
後からその子は「先生があの時、何も聞かずに待ってくれたから、自分で気持ちの整理ができた」と言ってくれました。
沈黙は、言葉以上のメッセージを伝えます。
「私はあなたを信じている。あなたが自分で答えを見つけるのを待っている」。
その信頼が伝わった時、相手の心の中で自律のスイッチがカチッと入るのです。
結びに:3つのサイクルが回る時、生態系が生まれる
【整える】【観る】【待つ】
この3つのサイクルは、一方通行ではありません。
「待つ」ことで見えてきた相手の姿を、次の「観る」に活かし、さらに環境を「整える」ヒントにする。
そうやって螺旋階段を登るように、関係性が深まっていきます。
そして、この添育のサイクルがリーダーだけでなく、メンバー全員の間で回り始めた時。
組織は、指示命令系統で動く「機械」から、互いに育ち合う豊かな「生態系」へと進化します。
次回、第11回:【相互添育】集団が勝手に育ち始める「生態系」の作り方
『学び合い』やシステム思考をヒントに、リーダーが一人で背負うのをやめ、
全員が添育者となる組織づくりの極意に迫ります。




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